16-2 江戸太神楽
東京都指定無形民族文化財として400年の歴史を持つ、獅子舞と曲芸を中心とした伝統芸。楽しさいっぱいの伝統芸をお楽しみ下さい。

江戸太神楽・丸一仙翁社中
江戸太神楽十三代家元・仙翁を中心とする江戸太神楽社中。東京都指定無形民族文化財として400年の歴史を持つ、獅子舞と曲芸を中心とした伝統芸を次世代へつなぎ、様々な活動を行っている。

江戸太神楽フォト傘の芸2-1

江戸太神楽フォト輪の芸2

*太神楽とは
太神楽の起源は平安時代までさかのぼり、神社に伝わる「散楽」という曲芸がその源といわれています。元祖は尾州熱田(現在の愛知県)とする説と伊勢(現在の三重県)とする説があります。太神楽が人々の人気を集めたのは江戸時代になってからでした。そのころは伊勢神宮が大変信仰を集めていました。一生に一度、直接足をはこんでお参りする「お伊勢参り」が庶民の強い願望、流行となりました。そこで伊勢神宮、また同じように信仰を集めていた熱田神宮の神官の子弟(次男、三男)が獅子頭を持って各地に出張し、御札を配って廻りました。神様の代わり、直接参拝する代わり、ということでしょうか、当時は「代神楽」と呼ばれていました。鏡味家に伝わる江戸太神楽は熱田派に属します。熱田派の太神楽は、寛文4年(1664)に熱田神宮の許可を得て江戸へ赴き「悪魔祓い」と称して大小の屋敷を軒別に歩いてまわり、同年3月に帰国しました。寛文9年(1669)に江戸城吹上の庭で将軍家の上覧に供し、それから江戸へ出て行くことが恒例となり、やがて移り住むようになりました。山王権現、神田明神の祭礼では先払いの役を務め、太神楽が盛んになるにつれ江戸に移住するものも多くなり、組合が組織されました。その支配頭が五代鏡味権之進です。やがて神事としての宗教色は薄れ、本来は余興であった曲芸を中心とし演芸色が強くなりました。江戸時代末期になると急激に増えた寄席での芸人不足を補うため太神楽が色物として出演するようになりました。現在は、各種イベント、パーティー、舞台など多種多様な場所で活躍している。